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アイマスってこんなゲームなんじゃない?
私はヘビーなアイドルマスターの経験が無いため、”それは違う”とご指摘をいただくかもしれません。
そういった理由で、アイマス2に関して話題になり始めた昨年12月初めに書いたものの公開を保留していたこの記事を、これを機会に一部のみ投稿します。

この記事は自分はこう思ったということなので事実関係の相違をご指摘いただくかもしれませんが、そうなった場合でも今回はそのままにしておこうかなと思いますよ。
(どうにも自信が無いのでアイドルマスター1.5という企画の時でも公開しなかったのですが)




アイドルマスターがリアルなところは、これまでのアイドルゲーム、またはアイドルアニメっていうのは、アイドルを目指す女の子が最終的にトップスターになるっていうストーリーに沿って、女の子もどこにでもいる普通の女の子から、アイドルとしての資質を備えた女の子に変身するっていう、まったくもって当然の流れを無視したところじゃなかろうか。

アイドルマスターの女の子たちは、アイドル候補生からトップアイドルを目指すんだけど、決して本質的なところでは自分らしさを変えようとしない。
普通であったらトップアイドルになるために、自分を変えて、成長して、となるところが、彼女たちは自分を変えることをかたくななほどに拒否する。

もちろん、他の作品でも、女の子は悩み、挫折を経験し、普通の子であろうとするのだけど、やっぱりそこはストーリーのプロットの上で、つまり最終的にトップアイドルになるための通過点として存在するものであるのに対して、アイドルマスターの女の子たちにはそういったパスがなぜか適用されず、そのままの自分でトップアイドルを目指していくことになる。
(例えばあずささんなら、おっとりしているところを”克服”して、何でも完璧にできるようになる、という、普通ならあり得ないがアイドルゲームやアニメなら当然のように存在する成長ストーリーが無い/しかしXBOX360移植に当たって追加された美希には覚醒というゲーム的な要素が与えられたのは興味深い)

ある意味無茶だ。

でもそれが結果的には、アイドルを目指す女の子がみんなスーパーアイドルになれるわけではないというリアリティを体験させることで、ただのプレイヤーを無意識の内にプロデューサーに仕立てていったのではないか。


まあ、アイマスのアイドルたちは全然プロデューサーの言うことを聞かないだとか、アイドルになろうとする意志が弱すぎるとかっていう話は、すでに書かれていたような気がする。

ただ、アイドルマスターはアイドル育成シミュレーションであって、普段あまり指摘されないことですが、プレイヤーがそんな女の子たちをトップアイドルに育て上げるような名プロデューサーになっていくという物語なので、その設定はゲームの目的に合っているのです。

だからこそ、アイドルマスターにはトップアイドルになるというエンディングや、女の子と恋仲になるというストーリーがはっきりとは用意されず、プレイヤーはいつも不完全な状態で終わりを迎えさせられ、また1からプロデュース活動を余儀なくされるわけ。

でもそこに待っているのは同じことの繰り返しではなく、成長したプロデューサー(プレイヤー自身)と自分が来るのを待っているアイドル候補生の女の子が新たな関係を築いていく物語、というわけです。(そう、アイマスの本質は高木社長の言葉を真に受けてトップアイドルのプロデュースに邁進することではなく、アイドル候補生との関係を築いていく過程を楽しむことだ)


堀井雄二さんはプレイヤーを能動的にさせるには分かりやすい目的を与えるのが解決策なんだとおっしゃっていたそうですが、アイドルマスターは逆にあえて不完全であいまいなシチュエーションを与えてゲームの中だけでは物語が成立しないようにしておいて、プレイヤー自身の行動を伴って初めて完結するように仕向けるという、別の次元でプレイヤーを能動的にさせる要素を持っていたということではないでしょうか。

その行動の一環がニコマスなんだろうなと。

4Gamer.net ― 「ゲームとは問いかけるメディア」――「天外魔境」や「俺屍」の桝田省治氏に“ゲームとはなにか”を聞いてみた 4Gamer.net ― 「ゲームとは問いかけるメディア」――「天外魔境」や「俺屍」の桝田省治氏に“ゲームとはなにか”を聞いてみた

こちらの記事は書き終わった後に読みましたが、桝田省治氏の考え方が近いですね。


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一方で家庭用ゲーム機への移植に当たっては、ゲームはクリアできなくてはいけないんではないか、という主張の様なものがあったんでしょうか。
TVゲームは次々新しいソフトを買ってもらわないといけないビジネスなので、なるべく長い時間遊んで欲しいゲームセンター用ゲームとは相反する部分があるわけですよね。

だから移植チームは美希を加えてそれまで足りなかったエンディングを補完しようとしたし、オリジナルの開発チームは命を吹き込んだアイドル候補生たちをゲームのキャラクターに変える事を拒否したのかなと。
そんな風に思うのですけど。

もちろん何かを切っ掛けに生き方が変わる人もいないわけではないから、美希がリアルでないとは必ずしも言えないわけですが。


ちなみにラブプラスが大人に受けている理由も、ゲーム内の女の子と自分自身が向き合っている感じがあるからなんでしょうね。
ゲームに対して自分が何か(リアルで)行動できる感がある。


さて、アイドルマスターの次回作がどのようなものになるか。
| ニコマス | 23:08 | comments(0) | trackbacks(0) |









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